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 ♪ 鹿児島 太平 ♪

Author: ♪ 鹿児島 太平 ♪
  ☆・・・★・・・☆・・・★・・・☆  卒業後中間点京都で会っていた友。何かに誘われるように、それがとても貴重であった。それぞれ仕事と家庭と忙しなく会えぬ時も長かった。その後、友は千キロ先の南の地に下った。が、運よく、出張、研修が二人の距離をまた縮めた。「やーTooru」(^0^)  「よー太平」(^_^)



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∞ 朋友コミュニケ (^Q^)
鹿児島と江戸下町に住む朋友とその仲間たちの記録 (若い奴よりもギラギラ耀いて、金持ちよりも優雅に、躓き後悔多々あれど、友よ、仲間たちよ、「萌え」・・♭・・♯・・ろ!)
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やはぎ
やはぎ

このお店、なに屋に見えますか?
和菓子か江戸小物の店ですかねー。
場所は本所のど真ん中。両国や花柳界のある向島からもそれほど離れていない裏通りにぽつんと。

下町の風景や人情が薄れつつある時代、子供たちと大人たちの触れ合いが私の住む町内に少し残ってました。

 祭の夜や子供が集まるとき青年団が肉を焼き、集まった子供たちが何時の頃からか焼きあがった肉を喜んで食べる風景が。青年団と言っても、若い人が参加しないので私より上の人や少し年下が中心です。当初は、青年団飲み会のバーベキューだったのですが、団長の自宅が町会会館から近かったことや、とぐろを巻いて飲食いしていた心優しき男たちが、いつの間にか食べる人から焼いて子供たちの笑顔を見る人たちになってしまいました。

 「美味しい美味しい」と言って、焼きあがった頃に何度も紙皿を出す子供たちの顔には屈託がない。3年目のある日、ビール片手に盆踊りを見ていたら、次女が「お父さん美味しいよ」と嬉しそうな顔をして焼きあがった串肉を差し出した。手伝いも醵出もしないのにと思ったが、次女の気持ちを優先しました。
 食べてビックリ、実に美味しかった。その時は、飲みすぎたビールのせいもありそのままにしてしまったのですが、その夜、手伝いから戻った愚妻が、「お肉食べた?」と問いかけてきた。

 思わずギクッとして顔を見ると、
 「おいしい肉よねー」と猜疑とは違う満腹感を漂わせていた。

 面映く感じながら続きを聞いたところ、その夜は団長のポケットマネーが多かったのか、祭りに集まった大人たちも子供たち同様旨い肉に舌鼓を打ったとのことであった。

 10月、我が家ピカ一の味覚を持つ長女の誕生日を焼肉で祝った。しかして、この夜は何かいつもとは違っていた。

「ちょっと、たまには美味しい肉を」と言うカミさんであったが、張り込んだというよりも、何か肉そのものの素材が違っていた。家計を熟知したカミさんが突如散財することは考えられないので、含みを持つその微笑を覗き込むと、
 「青年団の団長さんに聞いてみたの。そしたら、町会で焼いていたあの肉、本所の『やはぎ』という店で買ったんだって」
 「ああー祭りの時の、肉」と一切れではあったが甦るものがあった。確かにこの味だ。
 「どうりで・・・旨いわけだ」
 「それで、場所を教えてもらって、買ってきたの。教えてもらっても迷よっちゃった」
 楽しそうに焼き、それを旨そうに平らげていく娘たちを見ながら、原材料だけの値段とはいえ、旨い前沢牛をポケットマネーでなんの拘りも無く黙々と焼いていた青年団の優しさに、今夜もその味が際立ったような気がした。

 いつか面白い肉屋があると話してから2年以上たった気がします。今日、カミさんに頼まれ自転車で買いに行く前に思い出しましたので、(買ったばかりの)デジカメをポケットに突っ込みました。土建屋Oさんの「下町のようなところにはいい肉屋がある」との、屠殺場か何かのような嫌な物言いは今もちょっと気になっていますが、一軒確かにいい肉屋があります。

 下町はいいよ。畑や追分だった所に横文字が増えたからといって、急に民度が上がったなど、シャラクセー。粋なところは大川の、潮風あたる界隈よ。シャナリシャナリ向島、団子といえば言問いの、春の香りは長命寺、言わずと知れた桜餅。

 『喰いねえ  ゝ  ゝ  、肉を喰いねえ肉を・・・、もっとこっちい寄んねえ、おう江戸ッ子だってね』
 『本所の生まれよ』
 『そうだってね、そうだってね。江戸ッ子だってねー。』
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テーマ:おいしいお店 - ジャンル:グルメ

Re: ぶぶぶ くわばらくわばら
はい。白旗です。
正才ふぐですか?皮に毒があると聞きますが・・・。
それも、釣り人のふぐ???凄い。
これって、矢作俊彦のフィクションの頁の話ではないですよね。
アイやー完敗と言おうか言葉無し。

ふぐ刺しスキです。てっちり大好きです。唐揚も食べます。
でも、釣ってきたものは、辞めときます。意気地なしと言われようが、騙されても食べたくありません。
ふぐというと、すぐ八世坂東三津五郎のことを思い出します。
また、田螺で余命を短くした北大路魯山人のことも。

悲しむ人がいるからかなー。保険が入ると喜ばれそうな気もするが。
それに、私、フライそのものがあまり好きではないので、歯ががくがく
しそうで。

家の近くに、手頃で評判のふぐ屋が2軒あります。どうしてもふぐが
食べたくなった時にはそこで食べることにします。 ☆・・・ 太平


テーマ:冬の味覚 - ジャンル:グルメ

しょうさいふぐ
 太平 さま

 読書、音楽鑑賞、美味探索、子育て、ゴルフの幹事、
その多忙をぬってのお仕事(?)、幅広く日々を楽しんでいらっしゃる様子ですね。
 私、今日は、2ヶ月にわたった仕事を終え、昼間から、メールチェックです。
 先日、友人が釣ってきたしょうさいふぐをフライにして食しました。
ふふ、秀逸!
ふぐは、唐揚げにすることが多いけれど、フライの方が、コーティング度が増して、その白身がさらにホコホコ!ふふふふふ はぐはぐ でした。
デジカメを持っていないので、太平さんの写真に対抗できず、残念!!

 卒業式のお話は、いろんな背景がありそうですね。
その女の心も、同窓生たちもイロイロのものを抱えたでしょうが、彼女、彼らは、それを糧にできる、強さ、しなやかさを持っていますものねぇ。

 私は、子供がいないから、自身子供のマンマです。
対象物がないから、成長しないいんですよね。
まあ、しゃあないやね。それなりの生き方して行きますワン!

 午後から、通勤中、居眠りばかりで読めなかった “ THE  WRONG  GOODBYE ” 矢作 俊彦にとりかかります。ふふ、楽しみ!

とりとめもなく書きました。
それでは、また、楽しいお話聞かせてくださいませな! ☆・・・ KANA

テーマ:美味なるもの - ジャンル:グルメ

今の時代の難しさの中で親も子も
シブタニです。3月18日(卒業式)と21日(卒業式の一駒)の2通のメールを頂きました。まとめてお礼を申し上げます。
 こちらはもう、80歳も近い頃合いとて、子育て時代の記憶も遠い過去の思い出となってしまいましたが、貴兄たちの年代の実体験を聞かされると、今の時代の難しさの中で親も子も、大変だなぁと、つくづく思わされます。とにかく、いろいろの意味で、頑張れと言うよりないですね。

テーマ:学校での出来事 - ジャンル:学校・教育

Re:卒業式の一齣
『子供を持つと、子供が成長するのではなく、自分たちの方が成長することが出来て楽しいですね。』
 ★・・・ Toouru

テーマ:成長の記録 - ジャンル:育児

卒業式の一齣 続き
それはドライではなかった。

 教師たちは生徒をそのままにはしなかった。異常を目の当たりにした教師たちは彼女を追い、とりあえず保護した。列席していた母親は俯くばかりで表現がままならず、大阪にいる父親に連絡がつくと、父親は言葉を発することなく暫く絶句していたらしい。
 火でも点けられたらと拘留したのかと思った私のさもしい想像とは違って、教師たちは思春期の思いつめたものへの配慮として、不安を共有していた。少女は、1年生の終わりに転向してきたが、前の学校でも不登校が続き、そのことを覚悟して迎え入れたと聞く。それは、教師に課せられた義務の教育でもあった。それゆえ、内申書が体を為す前からも問題があり、自分のことも手におえない同じ思春期を過ごすクラスの生徒たちには理解し難い女生徒で、むしろ迷惑な存在であったらしい。

 乱暴な言葉を発した男子生徒は他クラスの生徒で、同級の2組の生徒たちは呆気にとられ沈黙していたらしい。その後、同級であることに落ち込み、「卒業式を台無しにして」との憤りが徐々に込みあがってきたと聞く。

 話は、2組だけに留まらず、他クラスからの女生徒からも、言葉を発した男子生徒に向かって、

「○○だって、苛めていたじゃない」

 とのやり取りがあったと聞く。

 ベビーブームが終わりきらない、いわゆる戦後間もない頃に学なんだ者には学校に行く義務ばかりがあって、教える側も忙しく粗雑な時代であった。親たちも忙しく、その分神経が鈍感になっていたのかもしれない。

 卒業式を何の未練もなく計画的に演技きったと映った女生徒は、自分の行為を恥じ反省しているという。そして、父親と大切な卒業式に不快な思いをした皆さんにどうやって謝ったらいいか考えているという。

 卒業式のあった18日遅く帰ってきた長女は、同世代のテレビドラマ「金八さん」を自己の足元に見ながら、武田鉄也の熱演を見ていた。

 まだ学生の頃、歳の近い甥が祖父に「太平お兄子供なんだから・・・」と生意気なことを言ったことがありました。甥に手加減することをしなかったときのことだった。その時、父が、「子供を育てて一人前。それまでは子供」と甥がキョトンとするようなことを言ってました。親はいなくとも子は育つといいますが、どう育つかが問題で、未熟で遊び者には「自分の成長と関わっているようで楽しい」というより、反省、躓き、また反省の日々です。

☆・・・ 太平


テーマ:中学校内部の教師と生徒 - ジャンル:学校・教育

卒業式の一齣
「なめてんのか!このやろう・・・」

 卒業証書授与でのハプニングであった。

 静かな流れの中でその声は驚くほどとおり、式場が一瞬凍った。声は卒業生の中から起こったものであったが、在校生、父母、来賓は騒がないことが本日の役割と決めてか、何も無かったように式は厳かに進んだ。
 直後の学校長式辞で、校長が先ほどあった無分別なことへの謝意と今後の指導について異例なことではあったが語った。
 
 答辞はバリトンの響きが心地よい背の高い男子と、近所のスーちゃんであった。スーちゃんは、読み始める前から声が震えていた。替わりばんこに読む声がだんだん涙声になり、卒業生、父母の間からもすすり泣きが聞こえていた。音楽が盛んなわが在住の区らしく、クライマックスもまた飛び交う合唱であった。中央の指揮台に立った鶴のようにしなやかな少年の身体が天空に遊ぶごとく大きく美しく流れ、卒業式は終わった。

 数年前から近くの公園で卒業生たちが互いに別れを惜しみ写真を撮り合うのが決まりで、カメラマン父母の一人としてシャッターをきった。先日の合唱で金賞を射止めた1組は、その余韻が続いてかここでもクラス一団となって、青空の下、得意のクレッシエンドを高らかに歌い上げた。3組は円陣を組み、15歳の少年少女が持つ耀さを発散していた。2組は、まとまらないのか乗り遅れたのか、語らいと別れを惜しむそれぞれの顔があった。

 家に戻り、先ほどのハプニングについてカミさんに話を向けると、

 「どう思う?怒鳴った子は偉いと私は思うけど」
 「・・・・・・」

 暫し私はその意味がわからなかった。

 目立たぬように長女の卒業証書授与を望遠カメラで狙っていて、何が起こっていたのかわからなかったのである。卒業生の男子が乱暴な言葉を吐いた。私が気づいていたのはそれだけであった。だから、校長の謝意が異例と感じたのであったが、真相は違っていた。

 長女の前の前の女子が卒業証書授与後壇上で証書を幾つもに破き、それを撒き散らした。その行為に対して、咄嗟に叫ぶ男子がいたのであった。長女が証書を授与され壇上を降りたところ、千切れた紙片がまだ無残に散らばっていたとのこと。
 カミさんが付け加えた「ニュースになっちゃうかな」と言う意味が初めてわかった。

 「アフリカに小学校を建てたい」

 昨日見た卒業記念文集の記憶にあった一卒業生のIFシリーズ「生まれ変わるならどうしたい??」の文言である。そして、卒業証書を捨て去り式場をそのまま後にした少女の文言でもある。
 2年のとき、日本語で充分に表現できない母親に代わって父親が学校に来たという。それは、いじめがあったからだと。
 先ほど公園で父母が何気無くカミさんと話していた、有名都立T高校に受かった生徒が女子で、以前聞いていたこの話が女子であったことも始めて一致したことであった。

 彼女は、ずーと休んでいたとのことであった。内申書をもらった翌日から。

 ハプニングではあったが、「なめてんのか!このやろう・・・」は熱かったのだろう。3年2組だけが、なにか卒業式の日に一団となれなかったのかもしれないが、長女から「夕飯皆と食べに行くかもしれない」というメールの後、「やはり行く」という楽しそうな電話が入った。

 「了解。いっぱい楽しんでこい」
☆・・・ 太平


テーマ:中学校内部の教師と生徒 - ジャンル:学校・教育

常春の都 「昆明」
  太平さま、3月9日のRe 便と、同じく12日の「隣のリンゴは赤く見える」の2通をあわせて、お礼申し上げます。どのメールでも、諸兄の楽しいそうな充実した生活の雰囲気がうかがえて、老年生活に貴重な刺激を与えられ、感謝の至りです。その内に機会があったら、ぜひ、お目に掛かりたいものです。小生は、この3月の中旬で、満78歳を迎えました。だいぶアチコチにガタが目立ってきました。 ★・・・ シブタニ 生

 暖かい日が続き、桜が満開で、何か久し振りに花の春を感じます。いつもの、朋友との通信ですが、近況送信いたします。
 中国の南の高地雲南省に常春の都「昆明」があります。いつか行ってみたいと思っていますが、いつ行ってもいいのかと思い、なかなか実現できません。 ☆・・・ 太平


テーマ:中国 - ジャンル:海外情報

101歳の現役
たまにホームコースに行くと、70代は言うに及ばず、80代が元気にプレーをしている姿を目にします。さすがに歩くのはやや遅めですが、40代、50代はヤング(洟垂れ)に見えるらしい。こちらは、80まで生きることだけでも凄いと常日頃感じていたら、101歳で「今度どの斜面を滑ろうか」と胸躍らせている人がいた。
 最近テレビにも出ている三浦敬三さんの「101歳の少年」を読むと、これが実に楽しそう。三浦さんの自由さの中には、元気で長生きしていてスキーもそれなりに楽しめるなどという老後的意味合いがない。
スキーを探求し、夢中になっている。そのために身体を訓練していたら101歳という歳になっていて、今も現役であるという感じがする。これは、ゴルフだろうがなんだろうが、まず自分なりの生きがいありきであって、歳を重ねたのではなくこの歳になっているだけというもので、本来生きるということはこういうことなのかもしれないというのが伝わってくる。

 夢中になって、今を生きるについて、もう10年も前のことになりますが、ホームコースの前理事長とまわっていた時のことです。80歳近くになる理事長と、やはり、還暦ぐらいのキャディーさんとで昔話に花が咲き、昔理事長が好きであったことの告白がありました。それから暫くして、今も若々しい理事長の秘密がわかったような気がしました。

理事長、「今が一番若い」と一言。
そう、過去に戻れない以上、生きている以上、今が一番若い。生きている今が。

 三浦さんの本の中に、カービングターンの話が出てきます。スキーを経験したものなら聞いたことがあると思いますが、そのカービングターンの理想形をステンマルクの滑りに見て衝撃を覚え、「彼の滑りすべてを収録したビデオを購入し、何度も何度も飽きることなく見るようになりました。すこしでも彼のすべりに近づきたい。彼のテクニックを理解したいそんな気持ちでした。」と語っている。
 その時三浦さんは70代で、その後100歳の時に、まだ40代後半のステンマルクと苗場でいっしょに滑るチャンスに恵まれた。そして、自分の身に付いた技術が「ステンマルクに会って改めて実感することになりました。100歳のステップアップです。」と結んでいる。
 生きていることの楽しさ、探究心、好きなことに夢中になること、そのために肉体をトレーニングすること、どうもその辺が人生を燃焼させるヒントなのではなどと、生きがいとか基軸がわかったようなそんな気になりました。 ☆・・・ 太平

テーマ: - ジャンル:心と身体



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