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 ♪ 鹿児島 太平 ♪

Author: ♪ 鹿児島 太平 ♪
  ☆・・・★・・・☆・・・★・・・☆  卒業後中間点京都で会っていた友。何かに誘われるように、それがとても貴重であった。それぞれ仕事と家庭と忙しなく会えぬ時も長かった。その後、友は千キロ先の南の地に下った。が、運よく、出張、研修が二人の距離をまた縮めた。「やーTooru」(^0^)  「よー太平」(^_^)



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∞ 朋友コミュニケ (^Q^)
鹿児島と江戸下町に住む朋友とその仲間たちの記録 (若い奴よりもギラギラ耀いて、金持ちよりも優雅に、躓き後悔多々あれど、友よ、仲間たちよ、「萌え」・・♭・・♯・・ろ!)
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卒業式の一齣 続き
それはドライではなかった。

 教師たちは生徒をそのままにはしなかった。異常を目の当たりにした教師たちは彼女を追い、とりあえず保護した。列席していた母親は俯くばかりで表現がままならず、大阪にいる父親に連絡がつくと、父親は言葉を発することなく暫く絶句していたらしい。
 火でも点けられたらと拘留したのかと思った私のさもしい想像とは違って、教師たちは思春期の思いつめたものへの配慮として、不安を共有していた。少女は、1年生の終わりに転向してきたが、前の学校でも不登校が続き、そのことを覚悟して迎え入れたと聞く。それは、教師に課せられた義務の教育でもあった。それゆえ、内申書が体を為す前からも問題があり、自分のことも手におえない同じ思春期を過ごすクラスの生徒たちには理解し難い女生徒で、むしろ迷惑な存在であったらしい。

 乱暴な言葉を発した男子生徒は他クラスの生徒で、同級の2組の生徒たちは呆気にとられ沈黙していたらしい。その後、同級であることに落ち込み、「卒業式を台無しにして」との憤りが徐々に込みあがってきたと聞く。

 話は、2組だけに留まらず、他クラスからの女生徒からも、言葉を発した男子生徒に向かって、

「○○だって、苛めていたじゃない」

 とのやり取りがあったと聞く。

 ベビーブームが終わりきらない、いわゆる戦後間もない頃に学なんだ者には学校に行く義務ばかりがあって、教える側も忙しく粗雑な時代であった。親たちも忙しく、その分神経が鈍感になっていたのかもしれない。

 卒業式を何の未練もなく計画的に演技きったと映った女生徒は、自分の行為を恥じ反省しているという。そして、父親と大切な卒業式に不快な思いをした皆さんにどうやって謝ったらいいか考えているという。

 卒業式のあった18日遅く帰ってきた長女は、同世代のテレビドラマ「金八さん」を自己の足元に見ながら、武田鉄也の熱演を見ていた。

 まだ学生の頃、歳の近い甥が祖父に「太平お兄子供なんだから・・・」と生意気なことを言ったことがありました。甥に手加減することをしなかったときのことだった。その時、父が、「子供を育てて一人前。それまでは子供」と甥がキョトンとするようなことを言ってました。親はいなくとも子は育つといいますが、どう育つかが問題で、未熟で遊び者には「自分の成長と関わっているようで楽しい」というより、反省、躓き、また反省の日々です。

☆・・・ 太平

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テーマ:中学校内部の教師と生徒 - ジャンル:学校・教育

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